前回からの続きとなります。
また、忘却に関連しまして、記したい事が頭に浮かんできてしまい・・・、タイトルとは直接繋がらないかもしれないのですが、記したいと思います、お許し下さい。
たまに、ふとした瞬間に、考えることがあります、自分が亡くなったあとの事です、自分が亡くなったあと、どれくらいまで、自分のことを憶えていてくれる人が存在するのかなぁ、と。
なんとなく、ですが、子供、孫世代までで、大体30年ぐらい、までいければ、御の字なのかなぁ、と。
(以下は、私の個人的な見解(感覚)です、違和感等を感じる方がいらしたら申し訳ございません、お許し下さい)
上記に関連しまして、こちらは、頻繁に思うことですが、
自分自身が強く感じることなのです、今まで生きてきて、身近な人が亡くなったあとのことです、
亡くなってしまった方達は、私の心の中では、生き続けているのです、確かに。
不思議な感覚なのですが、前から、そのように感じるのです。
不謹慎かもしれませんが、類推として、遠距離恋愛(私は経験はありません)と同じような感覚が脳の中で作用しているのかもしれない、と。
勿論、お亡くなりになった方達とは、会話はできませんが、直接触れ合うことができないという意味では、遠距離恋愛と違いがないような気してしまうのです。
また、もう一つ、旧知の方と、もう年賀状のやり取りしか、していず、電話などもしていない状態なども、会話もなく、直接の触れ合いもないという意味で、違いがないような気がしてしまいます。
私は現在、56歳です、
今までの人生の中で、本当に仲が良かった、お友達が、何名か、お亡くなりになっております。
でも、彼らは、やはり、今でも、私の心の中では生き続けているのです、
勿論、もう会話をすることも触れ合うこともできませんが。
いつかは、私も鬼籍にはいります(当然、まだまだ死ぬわけにはいきませんので、悪あがきよろしく、粘り続けるつもりですが)。
酒がとにかく好きだった友達、麻雀がとにかく好きだった友達・・・、遠い将来、私も逝きます、そのときは、あの世で、また一緒に遊びましょう。
忘却というワードが、寂しくなり、割り込み編を記してしまいました、明日から、また通常のブログに戻りたいと思います。
完
次回は、私の仕事関係のお話しを少々、記したいと思います。
今後も、プライベート、仕事、プライベート、仕事・・・、というような順番で、このブログを展開していければ、と現時点で考えております、お許し下さい。
次回タイトルは、予定通り、「稼働日数360日 24時間戦えますか?の巻」となります、いつもお読みいただき誠にありがとうございます。
今後予定されている投稿(記事)
(現時点で思いついているブログのタイトルです、順番は全く、あてになりません、お許しください(備忘のためのメモとなります)。さらに違うものの投稿が先になる可能性も充分あります、お許し下さい)
下手をすると投稿すらされない可能性も充分ございます、なぜならタイトル先行で現時点で内容は全く考えていないからなのです、
さらに仮のタイトルとなります、お許し下さい。
「麗しのサッポロ一番味噌ラーメン 死んだふりは通用しなかったの巻」
「夢かもしれなかった中山競馬場で起こった悲しき小僧の物語」
「書き順(筆順)と雪だるま? 悲しき小僧の入学準備の巻」
「懐かしきボロ市 10円で買えるものはありますか?の巻」
「神保町の恋の物語 ダイエットいらずの巻」

こちらの写真は、前日にアップしました写真を撮る少し前に、JR本八幡駅のホームから、撮った写真となります。手前より方角は南側となります。目の前に西友があります(しまむらも同じ建物に入っているようです)、この西友は、私が物心がついたときから、同じ場所にありました(見た感じ建物の建て替えはあったと思います)。ここで少しだけ気になり、調べました、どうやら2年とちょっとの空白の時代があったようです(2017年8月に建物取り壊しとともに、一時閉店し、2019年11月に、あらためて新装開店をしたようです)。(ちなみに、この西友には、おそらく、少なくとも30年は、足を踏み入れたことはないと思います)私が小学校4~5年生頃と思われます、建て替え前の建物の屋上にはゲーム機が置いてあるような遊技場があったと思います。その遊技場入り口左側に確か、ジュークボックス(100円等を入れ、自分で曲を選択すると音楽が流れる機械です)がありました。何の曲を選択したかは覚えていないのですが、2~3回ぐらい、そのジュークボックスを利用したことがあったと思います。なんとなく、大人になったような気がして、嬉しかった感覚が残っています。また、当時、西友の脇(この写真からイメージしますと向かって右側です)には、屋台のおでん屋さんがきておりました(日曜日のように人が賑わう曜日だけだったのかもしれません)、家族でのお買い物のとき、少し目を離すと、父君様はよく一人で、家族の目を盗み、そのおでん屋さんで買い食いをしておりました、その父君様の行動パターンを学んでからは、見てないよフェイントをかけるような高等技術を駆使して、父君様を隠れて追いかけ、おでんにありつくということをしておりました。これらから、ゆうに、40年以上の歳月が流れました、やはり、これらすべてが忘却の彼方へ、は、とても寂しく感じる自分がおります・・・。

