コンプレックス編 色白小僧の下地作り ピエロと呼ばれていたあの頃 9

最近の話 初老編

9/20の「色白小僧の下地作り」ブログからの続きとなります。

ベランダでの下地作りを始めてから、何回、ベランダでの日焼け(天サロ)を続けていたのかは、記憶に残っていないのですが、おそらく夏が終わるまでは、続けたような気がします。

少し、日焼け跡が残るようになってから、少しづつ、焼けてるねぇ、のお声掛けもいただけるようになっていましたので、嬉しく思い、続けたと思われるのです。

そうこうしているうちに、9月となり、だんだんと、天候的に、ベランダでの日焼けをすることができなくなってきました(ここらへんは、色白に戻る恐怖感を伴っておりましたので、他に比較して、記憶が残っております)。

そのあたりから、自分にとって禁じ手でありました、日焼けサロンの事を考え始めるようになったのです。

何日か前のブログにも記したのですが、経験も、生の情報も不足しており、単純に(未知のものが)、怖かったのです。

また徐々に、色白へ戻るカウントダウンが始まってきたことを体感してきておりました、少しづつ、日焼け跡が、薄らいでいく事がわかりました。

あんなに、人目を避けながら、時間をかけたのに・・・、また色白に戻るのかぁ・・・、と。

やむなし、日焼けサロンのことにつき、色々と、調べ始めました、家の近くにはあるのか、どのようなシステムなのか、膚への影響は、等々。

結果、挑戦するのなら、ここだと、とりあえず選択したお店は、我が家からそんなに離れていない、無人の24時間営業の日焼けサロンでした。

最初は、日焼けサロンのルールなども一切わからず、不安でした、また、諸々の心配事も完全には払拭できては、いなかったのですが。

その時点での私の日焼け箇所は、上半身限定でした、なので、選択しました日焼けマシーンは、寝転ぶタイプのものではなく、椅子に座り、主に顔(上半身も焼けます)を焼くことを目的とするマシーンでした。

人がいないときに、ゆっくりと、店内の説明書き等を見てからとの希望がありました、幸い、そのお店は、24時間営業でしたので、早朝6時ぐらいに到着するように向かったと思います、その時間帯であれば、、さすがに誰もいないだろうと思いまして、完全な記憶ではないのですが、誰もいなかったと思います。

続きとなります。

今後予定されている投稿(記事)

(現時点で思いついているブログのタイトルです、順番は全く、あてになりません、お許しください(備忘のためのメモとなります)。さらに違うものの投稿が先になる可能性も充分あります、お許し下さい)

下手をすると投稿すらされない可能性も充分ございます、なぜならタイトル先行で現時点で内容は全く考えていないからなのです、

さらに仮のタイトルとなります、お許し下さい。

「初めての喫煙 ヘビースモーカーだった父君様」

「麗しのサッポロ一番味噌ラーメン 死んだふりは通用しなかったの巻」

「夢かもしれなかった中山競馬場で起こった悲しき小僧の物語」

こちらの写真は、結婚し、杉並区に移り住んで、最初に暮らしていた集合住宅での写真です。一階を借りていたのですが、一階だったのでベランダの先には、写真のように、ちょっとした庭のようなスペースがありました。ブログのテーマは日焼けなので、夏がキーワードになりそうですが、ご覧のように写真は真冬で、かつ、雪もありますので、完全に真逆なのですが、いつものように、写真選択の際、懐かしくもあり、目にとまってしまい、アップをしてしまいました。愛する妻君様と小さかった頃の愛息子です、二人とも雪が大好きなのです、ちなみに可愛い可愛い愛娘もそうなのです、冷え性の私だけ、炬燵で丸くなる状態なのですが。ブログのテーマとは、無関係の写真、お許し下さい。

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