建築現場での華麗なる父君の話 抗えぬ遺伝子の物語

尊敬する父君へ

おそらく今の自分の性格性質に多大なる影響を与えたであろう建具職人であった我が父君の話しを数回(まだ決めていなくて、次回で終わる可能性が高いです)にわたりしたいと思います。

大袈裟ですが、私だけではなく息子へも引き継がれたであろう抗えぬ遺伝子の物語でもあるのです。

話しに入る前に、いわゆる大工道具ですが、建具職人であった父も多用していた「鑿(のみ)」と「鉋(かんな)」について解説をしたいと思います。

(文章の引用先はGoogle様のGemini君(ちゃん))

鑿(のみ)とは、

木材に穴をあけたり、溝を彫ったり、接合部(ホゾなど)の細かい削り出しを行うための切削工具のことです。

鉋(かんな)とは、

木材の表面を薄く削り、平滑で美しい木肌に仕上げるための代表的な木工用工具のことです。

高校生になってから、数回、父君の仕事を手伝うために行った建築現場で目撃した出来事です。

まず「鑿(のみ)」からお話し致します。

父君の場合、障子や襖、ドアの取っ手部分を作るための、そこに取っ手部品をはめるための溝(わかりやすく言うと穴)を作るため、「鑿(のみ)」を使用していました。

現場で用意されている、はめ込む前の障子等(これらが所謂、建具と呼ばれるものです)は、不正確な表現ですが、大きく捉えて、ご説明をすると、模様等デザインは完成しているのですが、本体だけの、ただの四角形の塊のイメージなのです。

要は、それら建具自体を家自体にはめ込み使用することを可能にするため、下の溝(敷居)や上の溝(鴨居)に合わせて、四角形の塊である建具を加工していくのです。

ある日、父君の隣で眺めていると、さっそうと寸法を図ったと思ったら、何の躊躇もなく、父君は、いきなりガンガンと「鑿(のみ)」を使い、トンカチで溝を作っていったのです、次から次へと。

驚嘆の一言です、ビックリしたのです、失敗したら、単刀直入に、その建具は売りものにならないものに変化してしまう可能性が高い、一発勝負の世界の話しだからなのです。

神業の連発でした・・・。

すみません、中途半端なのですが、続きとなります。

今後予定されている投稿(記事)

(現時点で思いついているブログのタイトルです、順番はあてになりません、お許しください(備忘のためのメモとなります)。さらに違うものの投稿が先になる可能性も充分あります、お許し下さい)

「タイム(時空)トラベラー 三つ子の魂百までの巻」

 (時空の正しい英訳はスペースタイムなのですが)

「小僧の嗜み 最初で最後のお子様ランチの巻」

「寿司ネタ・・・ 重宝された小僧の物語」

以下はもうちょっと先(かなり先になるかもしれません)になりそうですが、投稿予定です。

下手をすると投稿すらされない可能性も充分ございます、なぜならタイトル先行で現時点で内容は全く考えていないからなのです、

さらに仮のタイトルとなります、お許し下さい。

「地獄の銭湯 間一髪で溺死を回避してもらった幼児の話し」

「相撲小僧 摺り足と股割りと蹲踞の日々」

「番外編 赤ん坊なのに銀行マンと呼ばれていたあの頃」

「I am 坊主 小僧の悲しき釣り物語」

「異常事態発生 アンチ紹介会社 雨後の筍状態の巻」

千葉県の富浦の海岸です、小学生だった頃の息子と砂遊びをしています、

抗えぬ遺伝子を所有するものどうしで。

地獄の資金繰り時代の後半戦頃と思います、お金をかけないようにする

ため、日帰りだったと記憶しています。

苦しかったときの楽しい思い出の一つなのです、余計に懐かしさを感じて

しまいました。

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