いきなりですが、そろそろ小僧期の坊主時代のお話しを、締めにかかっていきたいと思います、なぜなら、ただ単に釣れなかったお話しだけを続けても・・・、ですし、誰も期待していないであろう中年期のプチ坊主時代のお話しも待ち構えているので、あまり長々となるのも・・・、と思ってしまったことが理由です。
(それでも充分過ぎるほど、長編だったと思いますが・・・)
ちなみに、小僧期の坊主時代の最後は、坊主脱却の巻、としたいと思っております。
(副タイトル、小僧の悲しき釣り物語も、変えるかもしれません)
とは言うものの、坊主時代の締めくくりとしまして、一つだけ、簡単に、お話しさせていただければ、と存じます。
それは父が誘ってくれた千葉県にある手賀沼の河口付近でのヘラブナや鯉を狙うという
、ある意味、中級者以上の釣りへのお誘いでした。
ヘラブナ釣りは、ウキの動きを読むことが非常に難しい釣りだったと記憶しています。
先日のブログでアップしました写真の中に収められています「つり入門」という本で一生懸命、予習をしましたが、説明が難しく、何の自信も持てないまま当日を迎えたと思います。
実は父との手賀沼釣りは、2回、開催されたのですが、結論を先にお話ししますと、皆様の予想通り、2回とも見事に坊主でした。
2回の記憶がごちゃまぜになっていますので、それらをミックスしました回想録となります。
ただ、手賀沼釣りには、いい思い出が一つあります、何度もこのブログに登場しました尊敬する父君様に関する思い出です。
もう、このときには、安物ですが、釣り竿は、地獄の竿、中通し君を除き、2~3本は、あったと思います、ただ地獄の竿、中通し君は、長さがある竿でしたので、使えるものなら使いたいと、私は、前夜に糸を通す作業を行いました、しかし、このときは何時間挑戦しても糸を通せなかったのです。
明日は早いと思い、残念ですが、諦めて、寝床につきました。
深夜3時頃だったと思います、緊張も手伝ったのか、トイレに目を覚ましました。
お茶の間から明かりが零(こぼ)れていました、鶴の恩返しのように、そっと覗くと、父君様が一生懸命、中通し君へ、糸を通そうとしてくれていたのです、今でも、はっきりと憶えています、当時、お休みは日曜日だけの時代です、現場仕事で疲れているだろうにと、ものすごく申し訳なくなり、お茶の間へ入り、御礼とともに詫びました、しかし父君様は、優しく、明日は早いからもう寝ろ、とのお声かけ、でした、おそらく、私がトイレに起きなければ、昨日やっといたぞ、の一言で終わりにしたと思う程、無口でもあった父君様なのです、よくこのブログで記しますように、私は、一方通行と思われますが、子供に対する愛情は異常に強いのです、それはきっと幼少期から、父君様と母上様から受け続けた愛情がものスゴク、影響していると思われるのです。
こっぴどく叱られたことは、何十回もありますが、今となっては、両親には、感謝の念しかありません、この場を借りて、本当にありがとうございました。
続きです。
今後予定されている投稿(記事)
(現時点で思いついているブログのタイトルです、順番はあてになりません、お許しください(備忘のためのメモとなります)。さらに違うものの投稿が先になる可能性も充分あります、お許し下さい)
下手をすると投稿すらされない可能性も充分ございます、なぜならタイトル先行で現時点で内容は全く考えていないからなのです、
さらに仮のタイトルとなります、お許し下さい。
「異常事態発生 アンチ紹介会社 雨後の筍状態の巻」
「犬の糞擦りつけられ事件 涙の帰宅道の巻」
「内助の功 頑なに拒むの巻」
「コンプレックス編 色白小僧の下地作り ピエロ時代も含めて」
「初めての喫煙 ヘビースモーカーだった父君様」
「生き地獄編 約700冊の自炊地獄の巻」

こちらは、館山休暇村(宿泊施設)の裏手にあります、釣り場である堤防での写真です。
ブログの写真で何度もでてきた釣り場です。
崇拝する妻君様が釣り上げた魚です、妻君様に怒られてしまうかもしれないのですが、魚種の名前を忘れてしまいました、~鯛であり、種別は鯛であることは確かです。
まあまあのサイズでした、ちなみに妻君様も坊主とは無縁の存在です、珍しい魚を釣り上げたことは数知れず、なのです。
呪われしプチ坊主は、私だけで充分なのです。

