前回からの続きとなります。
今、住んでいます場所の近隣でも、今、思い出せるだけで、JR高円寺駅の北口から少し歩いたところに釣り具の上州屋さんがありましたが、随分前に、いつの間にか、なくなってしまい、練馬区の南田中というところにあった釣り具の上州屋さん(こちらは中年期のプチ坊主時代によく行ったお店です)も、どこかに移転したのか、どこかと統合したのか、よくわかっていないのですが、数年前になくなってしまいました。
ネットショッピングの台頭 等 により、釣り具屋さんに限らず、実店舗が減っていくのは少々、寂しさを感じます。
子供達のオアシスであった駄菓子屋さんですら、あまり見かけなくなったと思います。
実店舗での、お店の人とのやり取りや、ちゃんと手にとって品物を確認するとか、商取引の基本をリアルに憶える機会が少なくなってきていると思われる今日この頃なのです。
前回のブログに記しました長崎屋の何階かにありました釣り具屋さんでの思い出を一つお話ししまして、マイ釣り道具と釣り具屋さんのお話しは終わりにしたいと思います。
しつこくて恐縮ですが、何度もこのブログに登場しました、私にとって地獄の竿であった中通し君に関連しますお話しです。
ある日、私の最初の釣りに一緒に行ってくれた友達に、中通し君について相談をしました。
友達は、それならガイド(以下で説明致します)をつければなんとかなるのではないか、とのお言葉をいただきました。
ガイドとは、竿本体の外側(あくまでも外側です)に取り付けられた釣り糸を通すためのリング状の数個のパーツとなります。
閃いた私達は、日を開けず、上記長崎屋にあった釣り具屋さんに向かったと思います。
店員の方に事情を説明しました、なんとなくですが嫌な(面倒くさそうな)顔をしながら、店の奥から、埃をかぶった古びたリングの残骸達が入った小さな箱を持ってきてくれました(今思えば、大してお金にならなそうなことを、求めてきた小僧二人が単純に面倒だったと思われます)。
二人で、一生懸命、あーでもない、こーでもないと言いながら、色々試しましたが、結局、うまくいきませんでした(もしかしたら、ちゃんと知識がある大人が本気で挑めばどうにかなったのかもしれませんが、少なくとも私達二人には無理な芸当でした)
店員さんにお礼を言い、帰ったと思いますが、複雑な心境を抱えた小僧二人だったと思います・・・。
そのときの経験から学んだのか、今では、未経験の世界に関連します物品の購入は、できる限り、ベーシックな、シンプルなものを、との心掛けを肝に銘じている自分がいます。
ダラダラと長くなってしまいました、お許し下さい、
続きとなります。
今後予定されている投稿(記事)
(現時点で思いついているブログのタイトルです、順番はあてになりません、お許しください(備忘のためのメモとなります)。さらに違うものの投稿が先になる可能性も充分あります、お許し下さい)
下手をすると投稿すらされない可能性も充分ございます、なぜならタイトル先行で現時点で内容は全く考えていないからなのです、
さらに仮のタイトルとなります、お許し下さい。
「異常事態発生 アンチ紹介会社 雨後の筍状態の巻」
「犬の糞擦りつけられ事件 涙の帰宅道の巻」
「内助の功 頑なに拒むの巻」
「コンプレックス編 色白小僧の下地作り ピエロ時代も含めて」
「初めての喫煙 ヘビースモーカーだった父君様」
「生き地獄編 約700冊の自炊地獄の巻」

こちらは、片瀬江ノ島にあります堤防先の釣り場でのものです。
写真が切れておりますが私です。
ものすごく小さな石鯛と思います。
実は小学校6年生のときの図画工作の授業で、彫刻刀での作品で、石鯛を作ったことがあります。
石鯛の特徴である7本の縞(しま)は、坊主小僧にとっての憧れでもありました。
この日は、赤ちゃん石鯛ですが、数匹釣れたと思います、勿論全てリリースしましたが。
私にとって、この日は、坊主時代を忘れさせてくれた、ささやかな記念日となりました。
(今から6年前、2020年8月30日の釣りであったと思われます)

