I am 坊主 小僧の悲しき釣り物語 7

昔話 小僧編

前回からの続きです。

私が2番目に手にしたマイ釣り道具は「中通し竿」と称します、竿の内部に糸を通す仕組みの竿でした。

なぜこの竿を買ったのかと言いますと、うっすら、そのシーンを思い出せるのですが、店員のおじさんからの、これはいい竿だよ、お目が高いね的な甘い囁きに酔いしれ、おそらく当時の私の経済力なので、店頭での安売り品であったからだと思われます。

しかし、その竿は、私にとって、落とし穴がありました、最大の・・・。

その最大の落とし穴は、竿の内部に糸を通さなければ、釣り竿として機能しないという点でした。

なぜ落とし穴になったかと言いますと、私特有の思い込み(何の力も借りずに自力でやるしきない)が前提になったと思われます、おそらく存在していたであろう専用道具(グッズ)を使えば良かったのに・・・

今、調べても、当然のように、裁縫道具の糸通しのような専用のグッズ(ワイヤー)があるようで、また、それは付属品として付いているようですが、私の記憶の中では、そのようなものが付属していた記憶は残っておりません。

私は、その糸を通す作業を、何の道具(グッズ)も使用しない、徒手空拳で、行い続けました、一回通すのに数時間もかけて・・・、再現性が非常に乏しい運だよりの行為だったのです。

一回通すために数時間もかけるとは・・・、

ただ、今思えば、それにしてもなのです、その竿が持っていた固有の特徴(クセ)の説明は省きますが、昭和のあの時代です、あまり性能がよくないものを、つかまされた(買わされてしまった)可能性も否定できないと考える自分がいます。

そうでしたので、上記竿を使った釣りは、釣り場、現地では、大変、リスキーな一発勝負となってしまうのです、なぜなら、仕掛けが水中の障害物に引っかかった場合に強く竿を引けば、糸が竿の中で切れてしまったり、そうでなくても何かの拍子に糸が切れてしまうと、たちまち糸が竿の中に隠れてしまうという現象は度々あったのです、そうなれば一巻の終わりなのです、さらになぜなら、釣り場、現地で再度糸を通すには上記のように、運だより一閃、何時間の復旧行為が必要なのかわからないからです。

要は現地で糸が切れたら即帰宅が約束されてしまうという、呪われた、地獄の竿だったのです。

続く

今後予定されている投稿(記事)

(現時点で思いついているブログのタイトルです、順番はあてになりません、お許しください(備忘のためのメモとなります)。さらに違うものの投稿が先になる可能性も充分あります、お許し下さい)

下手をすると投稿すらされない可能性も充分ございます、なぜならタイトル先行で現時点で内容は全く考えていないからなのです、

さらに仮のタイトルとなります、お許し下さい。

「異常事態発生 アンチ紹介会社 雨後の筍状態の巻」

「犬の糞擦りつけられ事件 涙の帰宅道の巻」

「内助の功 頑なに拒むの巻」

「コンプレックス編 色白小僧の下地作り ピエロ時代も含めて」

「初めての喫煙 ヘビースモーカーだった父君様」

「生き地獄編 約700冊の自炊地獄の巻」

こちらは、数日前に行きました、千葉県館山にあります館山休暇村というところの裏手にあります釣り場(堤防)です。

顔が切れておりますが、私です。

小さなカサゴです、少しばかり引きを楽しみたいと思いまして、なかなか、竿を上げなかったので、堤防の隙間に潜り込まれてしまい、釣りあげるまでに少し時間がかかってしまいました。

こちらも勿論リリースです。

こちらの釣り場(堤防)のスグ手前の古びて、ひび割れた小さな堤防が、I am プチ坊主中年編のスタートの地でもあります。

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