コンプレックス編 色白小僧の下地作り ピエロと呼ばれていたあの頃 7

最近の話 初老編

前回のブログの最後の「実は、この時に頭に過った事があります、前述しました連日の稲毛海岸通いが引き起こした効果と作用は、この「下地作り」に近いものが引き起こしたのではないか、と。」からの続きとなります。

今日現在、そうであったと思います、ただ、稲毛海岸近くの公園での寝っ転がっての、一回の日焼け時間は、おそらく、優に2時間は超えていたと思いますので、上記効果と同じような効果が作用していたとしても、かなり乱暴で鬼畜の所業のごときの方法で、あったと思わざるをえませんが・・・。

前述しました諸々の出来事があったのは、確か、6月頃だったと思われます。

「下地作り」というキーワードをゲットしてから、少し挑戦してみようかと思い立ち、どうすればよいか、と、しばし考えました。

日焼けサロンが最も手っ取り早い方法だと思われましたが、勿論経験がなく、仲がよい、身近な人で日焼けサロンに通っている人は、思い当たりませんでした。

経験がなかったので、素直に、色々な事が怖かったのです。

わざわざ(ましてや、初っ端は、20分~30分と課せられているのに)、海に行ったり、プールに行ったりも面倒だったので、我が家の2階のベランダでの下地作りをと、考え、そして、実行に移しました。

都内の住宅事情となります、我が家も例外ではなく、大袈裟に表現すれば、猫の額ほどの・・・、ですので、細長いベランダのスグ左隣りは、集合住宅で、正面は、一軒家、右隣りも一軒家となり(すべて近距離です)・・・、上半身だけとはいえ・・・、裸の初老の男が、ベランダにいたら、不快感を与えてしまう事は、必至なのでした。

考えに考え・・・、私は、自営業者であり、時間は、そこそこ自由になりますので(勿論、それの穴埋めは土曜、日曜、祝日にすることとなりますが)、平日のお昼(ほとんどの方が、会社や学校等に行っていて、不在のはず)なら比較的、人の目にふれないのではないか、と閃き、それでいこう、と勝手に決めました。

最初は、とにかく、半信半疑でした、何しろ、真っ赤、剥け、真っ赤、剥けは、何回、経験したか分からぬ程でしたので、本当に、そんなことで、日焼けなどできるのだろうかと。

お話しする順番が前後していると思います、ご了承下さい。

ベランダでの日焼けは、できる限り、人目に付かなそうな位置での日光浴び、でしたが、限界があり、人の気配を感じたらスグ、しゃがみ隠れる、を実践しておりました。

なんだか中途半端ですが、続きとなります、すみません。

今後予定されている投稿(記事)

(現時点で思いついているブログのタイトルです、順番は全く、あてになりません、お許しください(備忘のためのメモとなります)。さらに違うものの投稿が先になる可能性も充分あります、お許し下さい)

下手をすると投稿すらされない可能性も充分ございます、なぜならタイトル先行で現時点で内容は全く考えていないからなのです、

さらに仮のタイトルとなります、お許し下さい。

「初めての喫煙 ヘビースモーカーだった父君様」

「麗しのサッポロ一番味噌ラーメン 死んだふりは通用しなかったの巻」

「夢かもしれなかった中山競馬場で起こった悲しき小僧の物語」

こちらの写真は、9/16と9/17のブログにアップしました写真の解説に記しました立山黒部アルペンルートへの旅行の最終日に立ち寄りました黒部ダムの写真となります。とにかく、ここでは、全ての面につき、圧倒的な広大さを、感じ入り、言葉も失うような状態が続きました。間違っているかもしれません、この写真撮影の立ち位置、手前だったような気がするのですが、レストハウスといいますか飲食ができる売店があったと思います、小さかったときの愛息子も、少し前のブログに記しました愛娘のように、健康で元気では、あったのですが、比較的、小食でした、この日、その売店で確かダムカレー的な強引な名称を付された、子供用の甘口のカレーを注文したと思います、愛息子は、余程、美味しく感じたのか、あっという間に、ペロリの完食でした、ペロリの完食につき、とても嬉しかった記憶が強く残っています。立山黒部アルペンルートは、私にとって、また、行ってみたい思い出の場所でもあるのです。 

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