前回からの続きとなります。
私が日焼けをすると、どうなるか、前日のブログは、極端な例だったかもしれませんが・・・、お話し、したいと思います。
基本的に日焼けをすると、少し大袈裟かもしれませんが、軽い火傷と表現した方がいいのかも、と思うぐらいに、皮膚は、物凄く、真っ赤になるのです、特に鼻が・・・。
若かった頃は、少しでも日焼けをしたい、できたら、小麦色ではないが、色白でもないぐらいには、もっていきたかったのです。
何度か積極的に日焼けに挑戦したと思いますが、ほぼ例外なく、皮膚は真っ赤になり、2~3日後には、水膨れを伴い、皮が剥けて、10日も待たずして、色白に逆戻りする、という状態でありました。
小学生(高学年)の頃に、クラスメイトに、日焼け後のスゴク、赤くなった私の鼻をみての、ピエロの称号をいただいたことがありました(そこまで長くは続きませんでしたが、ちょっぴり傷ついた自分もいたことは確かでした、この小話が、このブログの副題に繋がりました)
また、中学生の終わり頃だったと思われますが、極端に赤くなる鼻の日焼けを防ぐために、日焼けしそうな機会には、鼻に絆創膏を貼れば回避できるということを覚えました、2重で。
8/31のブログにアップしました写真の解説で「~鼻には絆創膏が貼られております。理由は・・・」の文章を記しましたが、その理由はまさに、赤っ鼻を回避したかったということ、なのでした。
話しは少し変わり、
前々日9/14にアップしました写真のときは、50歳ぐらいになるまでの私史上、唯一の例外と言いますか、僅かな期間だったのですが、日焼け状態を保てた時期でも、ありました。
どのような日焼けの仕方をしたら、小麦色の肌になるのか、今現在は、実体験をもって理解できますが、当時は、全くわかりませんでした。
ここで、その一時期の小麦色状態は、どのように作られたのか、をお話ししたいと思います。
続きとなります。
今後予定されている投稿(記事)
(現時点で思いついているブログのタイトルです、順番は全く、あてになりません、お許しください(備忘のためのメモとなります)。さらに違うものの投稿が先になる可能性も充分あります、お許し下さい)
下手をすると投稿すらされない可能性も充分ございます、なぜならタイトル先行で現時点で内容は全く考えていないからなのです、
さらに仮のタイトルとなります、お許し下さい。
「初めての喫煙 ヘビースモーカーだった父君様」
「麗しのサッポロ一番味噌ラーメン 死んだふりは通用しなかったの巻」
「夢かもしれなかった中山競馬場で起こった悲しき小僧の物語」

こちらの写真は、立山黒部アルペンルートと呼ばれている場所のどこかで撮った写真です。こちらの写真も前日にアップしました写真と同様、どの写真をアップしようかなぁと、思案中、目にとまってしまい、どうしても、衝動を抑えられずにアップしてしまった写真となります。愛息子が3歳になる直前の、旅先での写真となります。時期は8月中旬頃と思います。とにかく、目に入る景色が、全て、この世のものとは思われない程、かつ、作り物ではないかとの錯覚を覚える程、のものだったと強く記憶しております、帰りは、黒部ダム経由で帰りました。今日のブログの内容との接点は、前日と同様、「夏」が関連するぐらいしか、思い当たたることはありませんでした、ほとんどブログの内容とは繋がりません、お許し下さい。

