前回からの続きです、 I am(プチ)坊主、ブログのまとめに入っていきます。
釣りから学んだことは、2つあります。
一つは、物事に対しては多くを望まないこと
もう一つは、本当の幸せは、自分の幸せより大切な人の幸せであるということを再認識させてくれたこと
生意気ですが、この二つにつき、解説をさせていただければと思います。
一つ目などは、一例を挙げますと、大漁や幻の魚を釣りたいなどと、望みはじめると、大抵ロクなことにはなりません、混雑した釣り場なら場所取りで、何も揉めなくてもいいのに、揉めてしまったり、それらを望むあまりに自分中心で身勝手な行動が過ぎたり、家族との大切な時間、大切な友人達との時間等の喪失に繋がってしまうからなのです。
何事も、ほどほどが一番なのです、過ぎたるは猶及ばざるが如し、なのです。
経験上、極端は不幸を呼んでしまうものなのです。
釣りから、足るを知る、ということを学んだのです。
次は二つ目となります。
一例を挙げさせて下さい、愛娘が一番最初に釣りにチャレンジした日のことです。
それまでは、愛娘は釣りには興味を示しませんでした、最大の難関は、やはり生き餌が、苦手だったからだと思われます。
その日は、私がマネージャーとなり、餌を付けたり、外したり、等は、全部、自分がやるから、と、なんとか口説き落としました。
初めてのチャレンジでしたが、スグ釣り上げてくれたのです。
物凄く、喜んでくれたのです、その笑顔を見た時に、私は再認識したのです。
その愛娘の喜ぶ顔を見ているだけで、大満足な自分がいたのです。
それまでも、朧げながらに、感じていたのですが、愛娘の眩しいほどの笑顔が、強固な再認識を促してくれたのです。
自分の幸福を自分で喜ぶことも大切だと思いますが、年輪を重ねたせいか、今では、大切な人の幸せの方が、グッとくる自分が確かにいるのです、大切な人が物凄く幸せそうにしてくれている方が、幸せをより感じるのです、自分の幸せよりも大切な人の幸せの方が大事に感じられる自分が厳存しているのです。
余談となりますが、その日以降、愛娘のマネジャーとなることが増えました。
最後に、
I am(プチ)坊主ブログは、予感通り、かなりの長編になってしまいました、お許しください、ブログを記すにあたり、坊主時代を中心に、かなりの回想を繰り返しましたが、過ぎ去ってしまえば、全ていい思い出になるが如く、今となっては、いい事しか思い出せない、自分勝手な自分もいるのでした、
坊主も悪くないかも・・・
完
次回からは、たまには、生業に関することを少々、お話しさせていただければと思います。
今後予定されている投稿(記事)
(現時点で思いついているブログのタイトルです、順番はあてになりません、お許しください(備忘のためのメモとなります)。さらに違うものの投稿が先になる可能性も充分あります、お許し下さい)
下手をすると投稿すらされない可能性も充分ございます、なぜならタイトル先行で現時点で内容は全く考えていないからなのです、
さらに仮のタイトルとなります、お許し下さい。
「異常事態発生 アンチ紹介会社 雨後の筍状態の巻」
「犬の糞擦りつけられ事件 涙の帰宅道の巻」
「内助の功 頑なに拒むの巻」
「コンプレックス編 色白小僧の下地作り ピエロ時代も含めて」
「初めての喫煙 ヘビースモーカーだった父君様」

この写真は、とある日の片瀬江ノ島にあります堤防(釣り場)でのものです。
愛娘が最初の釣りへのチャレンジで、一番最初に釣り上げたヒイラギだと思います。
スゴク、喜んでいたことを、よく憶えております。
この日、愛娘は、かなりの釣果でした、8/14のブログの写真解説にも記しましたが、15㎝~16㎝ぐらいのクロダイ(ギリギリ中型のサイズで、釣りの世界では、それぐらいの大きさのクロダイは「カイズ」と呼ばれています)も釣り上げたのです。
私は、半端じゃない坊主街道を歩み続けましたが、挙句の果てに、たどり着いた境地(自分の幸せより大切な人の幸せの方が大事)の事を考えれば、ブログ本文にも記しましたが「坊主も悪くないかも・・・」と、自分勝手に、考えてしまう自分もいるのでした。

