まず初めに、このブログを記すにあたりまして、お断りしておきたい事がございます。
ほぼ形骸化して、言葉だけが残っていて、ほぼ死語になっているであろう「内助の功」という言葉をタイトルとしました事に関連して、です。
私は、亭主関白等に関連するような、三つ指的なものを女性に求めたことは、無いと思います。(男性も含め、そんなことはないという方が、もし、いらっしゃられましたら申し訳ございません)
7/23のジゴセン(地獄の銭湯)ブログに記しましたが、(そのまま引用します)「父は、当時(昭和の時代)にしては珍しかったであろう、今の共働きのご夫婦様達のように、家事を積極的にこなすという、時代の先をいく最先端の男でもあったのです」という父君様の影響が強かったと思います。
父と母との関係性につきまして(本当は、色々な事がありましたが)、基本的に、母の方が、全ての面において、強かったと思われます。
小さい頃から、その関係性を見ながら育ちましたので、なんとなく、その方が、夫婦間は、うまくいくのではないかということを肌感覚でとらえていたのかもしれません。
ちなみに、私の今の、家事担当は、選択物を干し、取り込み、たたむこと(我が家は洗濯を朝に行います、本当は私がしなければいけないのですが、最近はずっと、私よりも早起きであります妻君様が洗濯機をかけてくれています)、日々のゴミ出し、トイレ掃除、風呂掃除です。
総合的に考えますと、妻君様の方への負担の方が、明らかに大きいのです。
毎日の食事のこと、子供の学校や日々の生活のこと(学校行事も含めて)等色々、難しいことは、全て妻君様が、してくれております。
私がやっていることは、全てルーチンなので、一番は、時間が読みやすいことなのです、しかし、妻君様がやっていることは、場合によっては、途中で頓挫し、膨大な時間を費やす可能性を秘めていることばかりなのです。
妻君様も立派な、フルタイムの仕事をしております。
感謝の念しかありません
(ややもすると日々、私自身が妻君様に迷惑をかけ続けていると思われます、この場を借りまして、本当にごめんなさい、そして本当にありがとうございます)。
いつも通り、話しが長くなってしまい、なかなか本題に入れない自分がおります、お許し下さい、「内助の功」という言葉、響きに、内包されております、ネガティブ(自己犠牲や理不尽な強制等)なニュアンスを、決して、肯定して、タイトルに、使用したわけではないということを、ご理解いただきたかったのです。
むしろ、妻君様は、自ら、それらを積極的に受け入れてくれようとしました、その覚悟に対しての、銘肌鏤骨(メイキルコツ)の念としての思いを込めた、タイトルなのです。
(銘肌鏤骨(メイキルコツ)とは、受けた恩義を心に深く刻み込んで、決して忘れないという意味だと思います)
前置きが長くなって申し訳ございません、続きとなります。
今後予定されている投稿(記事)
(現時点で思いついているブログのタイトルです、順番は全く、あてになりません、お許しください(備忘のためのメモとなります)。さらに違うものの投稿が先になる可能性も充分あります、お許し下さい)
下手をすると投稿すらされない可能性も充分ございます、なぜならタイトル先行で現時点で内容は全く考えていないからなのです、
さらに仮のタイトルとなります、お許し下さい。
「悲しき詳細な分析書類 ゴミ箱直行が約束された涙の書類達の巻」
「コンプレックス編 色白小僧の下地作り ピエロ時代も含めて」
「初めての喫煙 ヘビースモーカーだった父君様」
「麗しのサッポロ一番味噌ラーメン 死んだふりは通用しなかったの巻」
「夢かもしれなかった中山競馬場で起こった悲しき小僧の物語」

こちらの写真は、おそらく今はもうなくなってしまった、箱根にありました「星の王子さまミュージアム」というところでの妻君様とのものです。
すごく、小さかった愛息子が撮ってくれたものだと思います。
私も妻君様も、若かったです・・・。
結婚前、妻君様に、書籍「星の王子さま」を勧められて、読んだことがあります、私には、とても難解で、読了後、摩訶不思議な感覚が残ったことを、よく憶えています。
歳を重ねたせいか、自分勝手ですが、辛かったことも含めまして、昔のことが、全て良い思い出になってきたような気がします。

