麗しのサッポロ一番みそラーメン 死んだふりは通用しなかったの巻 1

昔話 小僧編

今回のブログも、生きていく上で何の役にも立たない、下らないお話しになると思いますので、お気軽にお読み(流し読み)、頂ければと存じております。

私が幼かった頃、おそらく5歳ぐらいの出来事であったと思います。

当時の小学校は、土曜日は、午前中で終わり、給食がありませんでした。

なので、当時、土曜日は、小学生でありました兄と姉と、勿論母君様も一緒に、昼食をとることが通例でした。

一時期だったと思われます、なぜか、サッポロ一番みそラーメンが、我が家の、昼食の食卓に並ぶ時期がございました。

余談です、

私はサッポロ一番塩ラーメンも好きでしたが、やはり今でも、みそラーメンの方が好きなのです、(すみません、聞き(読み)苦しいかもしれません)特に冷飯と合わせて、(ねこまんまヨロシクで)食べるのが大好きでした(決して母君様に推奨されていた食べ方ではなかったのですが)、ある時、勝手に自分で編み出した食べ方だったと思われます。

話しは少し、変わりまして、我が家での、飯抜きの刑のお話しを少々したいと思います、昭和の時代です、なんとなくで、お読みになっていただけますと幸いです。

正直、実際は、なんだかんだで、実行(執行)されたことは、なかったと思いますが。

このブログとは直接繋がらない、お話しとなります、お許し下さい。

そのお話しは私が、小学3~4年生頃の事となります。

おそらく、とある日の夕飯のおかずに、難癖をつけたのだと思います(具体的な記憶は残っておりません、おそらく嫌いなものが食卓に並んでいたのだと思います)、勿論(当然)母君様は怒り、「食べなくていい!」とのお叱りを、母君様から受けたのだと思います。

続きとなります。

今後予定されている投稿(記事) 

(現時点で思いついているブログのタイトルです、順番は全く、あてになりません、お許しください(備忘のためのメモとなります)。さらに違うものの投稿が先になる可能性も充分あります、お許し下さい)

下手をすると投稿すらされない可能性も充分ございます、なぜならタイトル先行で現時点で内容は全く考えていないからなのです、

さらに仮のタイトルとなります、お許し下さい。 

「夢かもしれなかった中山競馬場で起こった悲しき小僧の物語」

「書き順(筆順)と雪だるま? 悲しき小僧の入学準備の巻」

「懐かしきボロ市 10円で買えるものはありますか?の巻」

「神保町の恋の物語 ダイエットいらずの巻」 

こちらの写真は、愛息子の七五三の参拝の後の両家の祖父母との食事会での写真となります。羽織袴からの着替え後のものなので御機嫌の笑顔をして、私に甘えておりますが、参拝の時に着用していました羽織袴が、きつかったのか、着心地に不快感があったのか、その羽織袴を着用している間は、ずっと、ぐずっておりました、事前に衣装合わせ(試着)はしていたので、もしかすると、慣れない環境に対しての、ぐずり、であった可能性も否定できないと思っておりますが。ちなみに、おそらく、このあたりが、地獄の資金繰りへの入り口だったと思われます。愛息子が5歳のときです、本日ブログの私と大体、同じ年齢だと思い、この写真をアップ致しました。私の方は、妻君様のご両親を前にしておりますので、緊張をした顔をしております・・・。

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